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No sign of the morning comin, I've been left in my own. ラバーソールは砕けない。 Like a Rainbow in the dark.
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  煮え湯だとか、辛酸だとか、そういうのがある。そいつを飲めるか、舐められるかどうかで、人間の器が決まったりするのだろうか。別に、そんな所で器の大きさや小ささを量るつもりは無い。トータルで見なきゃどうしようもねぇ。ただ、誰にだって過去はあるし、その過去で成り立つ現在がある。そいつをどう見るか、と言う事に今の自分は追いつめられたり、する。
 
 今、僕が愛しているのは目の前にいる「この女」だが、「この女」を形成しているのは「この女」が通ってきた「過去の道」である。その「過去の道」が無ければ、「この女」は目の前にいる「この女」では無いのだ。
 「過去の道」を認めない事は、「この女」を認めない事だ。そんな事はわかっている。だが、あまりにも色濃く匂うその道の存在は、時として堪え難い苦痛にすらなる。同時に、今、その倖せを共有出来るのは、その「過去の道」を通ってきたから、なのだ。
 仕込まれた何か、形成された精神、それらを受け入れる事は、その女の過去を受け入れる事だ。だが、その過去を、容易に、飲めるのだろうか。自動的に、そして現実感を伴って、容易に想像出来てしまうその光景を、受け入れられるのか。爆発したくなる。マッハで振り切って飛んで行きたくなる。出来ないから、卑屈に笑う。その卑屈な笑みがばれたりしないかと、更に卑屈に笑う。
 
 自分にはどうにも出来ない事。出来なかった事。堪え難い事実。俺では勝てない部分。そう、何度生まれ変わろうと、覆せぬ、その、過去。この目の前の倖せすら、作り物かも知れないと思ってしまう。だったら何か変わるのか?じゃあ去ればいい。左様なら!それだけだ。違うなら、そこにいればいい。
 自分が勝てない、その事実に愕然とする。やっぱり100点なんか取れやしねぇんだ。あぁ、またしても僕はどうしようもないクズだった。背中を丸めて、泣く。声を殺して。グッドバイ。
 
 俺は「誰かの後塵を拝する事に馴れたクソったれた負け犬」なのだろうか。煮え湯を飲まされ、辛酸を舐め、て、きた、気がする。他の人にとっては、水道水のカルキ程度のものかも知れないけどね。そんなのは、数値で計れやしねぇ。痛みと同じでね。わかりゃしねぇんだ、誰にも。
 
 例えば俺は、あの女をあんな風にしちまった野郎達を片っ端からぶっ殺したい。ぶっ殺した所で、あの女が変わる訳でもないし、覚醒する訳でもない。何も変わらない。過去は変わらない。過去を辿る切欠や断片を抹消しただけに過ぎない。そもそも、俺がそれを実行した所で、その女は俺を愛す筈も無い。何も変わらない。全くもって、俺の独善的で極悪非道なヴォランティアに他ならない。
 
 あの女に限った話じゃない。この女も、その女も。女から見たら男だってそうだろう。誰だってそうなんだ。そんなの理解した上で生きてんだろうさ。
 想像しないのであれば、何故か。怠惰なのか、出来ないのか、出来るけど受け入れる自信が無いからなのか。わからない。
 
 何が言いたいのか自分でもわかんなくなってきた。死ななきゃいけない気すらしてきた。説明が出来ない事は狂気の片鱗であり、狂人はこの社会で生きて行く事など出来ぬのだ。弾かれて死ぬしか無いのだ。残念。しかし死にたがるアホは死ぬ事が出来ぬ。そして死にたく無い。
 
 きっと僕があの街を歩いていた頃、彼女はアウディーに乗って時速200キロで流れていく景色を眺めていたのだろう。彼女は悪い男に恋をしていたのだろう。そしてきっと、その逆だってあるのだろう。そう考えると、僕は誰かに殺されたって仕方無いだろうし、僕が僕を殺したって何の問題も無い。
 
 昨日の僕が今日の僕を殺す。だから今日の僕は昨日の僕を殺す。何とか安心してから、眠ろうとする。その瞬間までの醜い僕を殺さなければ、明日の僕はもっと醜いだろうから。殺し続けなけりゃならない。あまりの醜さに恐怖する事だってある。あの日の僕は、こんなにも醜かったのか?と。
 
 そして僕が卑怯なのは、どこまでも一緒に落ちていく事に同意しながら、ギリギリのラインで引き返すを認めさせて、帰る事だ。常に、その「正常値」にしがみついている。狂いたく無いし、死にたく無い。俺は俺がまともである事を証明し続けなければならないのだ。こんな俺でも、まともである事を証明しなければならない。
 
 僕は僕が人生を捧げても良いと思える様な人間に出会えるだろうか。それさえ出来たのなら、人生の半分は満足出来るだろう。
 
 僕が出来ない事、出来なかった事、選ばれない事、選ばれなかった事、その他様々なそれらの出来事。そんなのは当然だと理解した上で尚…。そんな瞬間がある事は、否定しきれないね。
 
 左様なら、グッドバイ。今日も元気に、エア拳銃自殺。
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 「ジャンク」
 
 馴れと言うのは恐ろしいものですね。やっぱり、一定量じゃ足りなくなってしまうよ。そろそろ、チョッパヤな感じに目覚めるのか、それともヒップホップに走るのか。迷走しております。ヒップホップも早いのが好きだからなぁ。(単にエムが好きなだけ)
 まぁ、とっくの昔にドラフォじゃ足りなかったんだけど、ずっと誤摩化してきてたからなぁ。
 
***
 
 
「発生練習」
 
 発券機の音声出力が故障、音声案内が不能だった今日。さぁ、僕のよく通るでかい声の出番だ。一日中声出しまくってたよ。大きい声には定評があります(笑)この前も、店で飯喰って出る時に、「ご馳走さまでした」と店員さんに言った時、凄い営業声が出てビックリしたよ!(笑)
 あんまり強い喉じゃないんだけどねー。腹から声出すのは慣れているよ。剣道部だったしねー。まぁ、役者さんとかに立ち向かう気は無いけどさ。少しくらい通る大きい声なら、ちったぁ出せますよ。
 
***
 
「ブラザー」
 
 奴がナメられるって事は、俺がナメられるって事だ。奴が眼中に無いって事は、俺も眼中に無いって事だ。それが、男の世界。わかるか?例え、そいつがどんなに脆弱であれ、何であれ、だ。
 ちなみに、敵対する事とは「いつ殺られても仕方無い」と思う事だ。その諦めは、己の野垂れ死にに対する肯定だ。それが、男の世界。わかるか?例え、その対立の切欠がどんなに些細であれ、だ。
 ブラザー。兄弟分の盃なんざいらないんだよ。わかるかな。鬱屈した暗闇から、そのクソったれた鼻先に一撃叩き込むぜ。
 
***
 
「届かない手紙」
 
 僕の日常にアイツがいない事には、もう慣れている。何故、どんな理由でアイツがこの世界からいなくなったのかは、わからない。恐らく、人間関係で何かあったのだろう。わからないでもない。想像したくない。アイツをそんなにした奴等を殺しに行きたい程だ。それでも、その半分はアイツ自身の罪なのだけど。
 もしも、僕の日常に戻るのを拒む理由が、「奴等」であるのなら、何の問題も無い。笑い話にすらならない。何故なら、僕と「奴等」は何の関わりも無いのだから。アイツが関係した人間は、軒並み僕の友人では無い。知っているだろうか?ねぇ、奴等は僕の友人では無いのだよ。それでも、帰って来るのは、嫌かね。
 君が僕の同居人すら嫌う理由が、わからないよ。ねぇ、帰っておいでよ。
 
***
 
「ブルース」
 
 またブルースハープを吹いてみたくなった。前は安いの買って放置してた気がするけど…。何か適当に吹いてもいい音出そうで、楽しそうじゃん。(バカの発言)
  堅かったし、尖ってたし、ストイックだったと思うし、実に反抗的だった。妄信的であったり、無策で突っ走るイカれた馬鹿だった。9年前のそんな俺が今の俺を見たら、何て言うだろう?「裏切りもの」「腐れ外道」「あンた…そんな奴だったのかよ!」「やっぱりそうか」色々考えられるけど、実際どうなんだろうな。死ぬか殺すかのどっちかだろうな。
 社会で生きると言う事実を、真綿で首を締める様に、毎日少しずつ突き付けられ、俺は揺るやかに抵抗を諦め、迎合して生きる道を選んだ。大人になるって事なのかも知れない。大人が裏切られた青年の姿だと太宰は言う。自分に裏切られた青年は、つまんない大人になった事でしょう。
 それでも迎合しきれず、かと言って抵抗も続けられない。まるで夕闇に佇んでいるみたいな感覚だ。…言ってる事、昨日と同じだな。
 別に後悔している訳じゃない。そうしなきゃ俺は生きていけなかったのもよく知っている。俺はそこまで徹底していなかったしね。色々と理解していなかったのさ。マンガや映画、本、それらの見過ぎで目が濁っているのかも知れない。
 俺は誇りを捨てたか?きっと手に入れる事は無いだろうと思っていたものが、こんなにもあっさり手の中にある、恐怖。手の中にある事も、手の中から抜け落ちる事も、酷く恐い。だが…確かに、誇りは失っているかも知れないね。油断しっ放しだ、最近。
 
***
 
 大手百貨店伊勢丹からの連絡待ちな一日。
  俺自身や俺の作品が、どうしようもなくつまらなくなったのは、現代と言うシステムに飲み込まれ、迎合し、抗う事をやめたから、だ。つまり単純に、「つまらない大人になった」と言う事になる。
 太宰曰く「大人とは裏切られた青年の姿である」と言うが、そういう事なのだろう。自分自身に裏切られ、腐って腐って腐り果て、システムに対する抵抗、徹底抗戦を諦め、生活臭を漂わせながら生きる事を選んだ、大人の結論なのだ。あんな大人になんかなりたくねぇと、あれほど噛み締めて、睨みつけ、尖っていたのにも関わらず、気がつけばそうなっていた。それは正しい事なのだろうか?
 俺はそれでも、今まで通り俺のスタンスは崩さない。自覚的で、そこに美しさはなくても、だ。無様なのはもう十分過ぎるくらいに知っている。俺は完璧な美しさを追求して成功させられる程、意志の強い人間では無い。駄目である自覚を持ち、そこに甘えと鬱屈、そして幽かな真実と多量の嘘を流し込んで、世界を塗って行く。
 今の俺にとっては、生活から匂うものこそ詩であると思うのね。生活しなきゃいけない。生きなきゃ行けない。抵抗するのは、ガキがする事だ。俺もガキでいたかった。いや、だから今も中途半端なクズなんだけどね。大人にもなりきれねぇ。でも、子供にもなりきれねぇ。そこから見える景色を、残すしか無いじゃんか。
 だから余計に、よくわかんない表現の詩は読めない。何も見えないから。比喩とか本当にわかんない。
 
***
 
 随分昔に、CMで「sailing」を聞いたり、クリスタルキングの「大都会」を聞いたり、そうやってCMソングを通して、過去の名曲を知ったりしていた時期がある。今ってそういうのあんまり無い気がするなぁ。まぁ、今から20年前の90sなんてロクな曲無かった気がするけど。その頃の洋楽あんま知らんけど、何かそんな感じがする。俺が聞かないのもそこら辺が感覚的な理由だろう。
 最近、ずっと「サンシャインラヴ」と「デイドリームビリーバー」が脳味噌の中で延々と再生されている。もっと早くに、ちゃんと彼の音楽を聞いていたら、俺の人生も多少変わっていたかも知れない。明るくなれてたかも知れない。今となっちゃわからないけど、ちょっとは、希望的な物言いが出来る性格とか考え方になってたかも知れない。俺がこうなったのは音楽の所為じゃないけど、さ。
 
***
 
 でもまぁ何だ、最近の俺の詩、スタイルちょっと変わったけど、俺はそれなりに好きなんだよね。もうちょい評価されてもいいと思ってる(笑)
     Fuck that shit. Stop bitching. Damn, I hate that shit. What the hell? I thought I turned around. I thought things has been changed. So, I did not feel same this time but, I did it again and again...being motherfucker. I guess, sometimes I am the damnest motherfuckin' bitch in my life....nope, I could be the damnest one in YOUR life. I donno. Fuck that. Yeah, let's stop bitching around. Bitching only makes other bitching. Let's get the hell out of here...I mean take me out of this situation. Fuck. I don wanna fuck someone's life anymore. Should I kill fuckin myself? Fuck. Yeah, I don wanna being a damnest motherfuckin' bitch with a full of bullshit in my hand, and packed up with some puke shit in my head. Is it better of dead? Fuck, who the fuck know that? What the fuck "Everything is alright"? What the fuck do you mean by that shit? How the fuck can you say that? How the fuckin' come? How the fuck can you say "you are alright" on the name of Buddha? I know I am not okay, I am not very nice. Damn! I said I should stop bitching! I said that! Fuck!...by the way, how many times did I said "fuck" in this paragraph? How do you like that, fucker? You know, the word "fuck" is the mother of all words. 
 
***
 
 恋人トーク続き。いやね、もうちょっと考えてみようと思うのさ。でね、もうそんなに余裕のある若さじゃねぇ。お互い、そろそろ結婚だとか視野にチラつく感じだろうさ。子供はさて置き、な。じゃあ少しマジになって考えてみよう。
 
 長く一緒に居る事を考えるならば、出来る限り「一緒にいる事で発生するストレス」は少ない方が良い。当然の事だ。じゃあこれは何故発生するのか?脳味噌のスペックの違い、キャパの違い等かと思われる。
 
 脳味噌のスペックには、回転速度(対応力、理解力)知識量とその知識の分野、そして説明出来る事、等が主に挙げられるだろう。考えない人、あまりにも物事を知らなさ過ぎる人、そして説明出来ない人は、この俺と一緒にいれば俺がストレスに感じる。相手はどうか知らんが、同じレヴェルで話が出来ないのは、それがどんな内容であれ、俺は物足りないだろうし、それはストレスに繋がる。つまり、俺と同等かそれに多少前後する程度の脳味噌の持ち主でなければならぬ。互いに、だ。必須条件であろう。
 
 後はもう、キャパの違いだよね。俺なんぞはもう、ウンコも出ない程に結野アナ(Asshole)が小さい方だし、卑怯者ではあるが、それなりのキャパはあると思っている。俺は弱い。脆弱だが、多分、世間一般で言う程の脆弱では無い。卑怯者ってだけだ。それもどうかと思うが、あまりにキャパ差があり過ぎると、それはそれは大きなストレスになるでしょう。それで駄目になった人達は沢山いる。
 
 つまり、総合戦闘力(単純な筋力では無い)の差が大き過ぎない事。そこが、容姿だとか趣味が一緒だとかよりも、重要視されるべきファクターであろう。精神的タフネス、ネガポジの方向性、脳味噌のスペック、キャパシティ、それらが総合戦闘力を作り上げる。あー、何かもうスカウターで正確な数値出れば楽なのにね。見れば、その人の大体の戦闘力ってわかるじゃん。あー、この人は53万くらいだな、この人は6だな、って。
 
 そこら辺が大体一緒だったら、長く一緒にいる事を前提としたのならば、上手く行くんじゃねーのかな。予想な、予想。あくまで25年間色々と見て来た中での、予想な。実際はどうかわかんねーよ?
 でもな、戦闘力さえ格差がなければ、お互いがお互いをある程度コントロール出来る状況であれば、何とかなるんじゃねーかな。味覚の好みとか、笑いのツボの違いとかって、何とかなりそうじゃん。説明するなり、落としどころ見つけるなり、何か手段あるんじゃねぇかな。単なる予想だけどな。
 
 あぁ、ただひとつ、ひとつだけ補足するなら、「ものを作る人」タイプの人間は、そういうタイプの人間じゃないと根本的に話が合わなくなると思う。
 
***
 
 さて、じゃあ今日も部屋掃除したり洗濯したりバイト探したり就職活動したりすっか。What else should I do today? You have something want me to do? 
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プロフィール
HN:
ニジムラ リョー
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1985/01/28
自己紹介:
この男、誇大妄想家につき。
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